Pro-Wrestling

心の師

破壊王が逝った。。。
今 最もプロレスラーらしいプロレスラーが居なくなった
男気があって、傍若無人なスタイル。技の種類に頼ることなく強さ・凄さ・哀しみを伝えられるプロレスラー
今も名レスラーは多く居るでしょう。でも本当のプロレスラーはもう居ない。。。
アスリートレスラー、サラリーマンレスラーが全盛の今のマット界
もう本当のプロレスラーは居ないでしょう
猪木さんが最もかわいがっていた破壊王。
生まれたマットを離れても放っておけないかわいげを持って居たのでしょう

破壊なくして 創造なし
橋本真也  ご冥福をお祈りすると共に、ロマンをありがとうございました




ようこそプロレスの部屋へ!
ここで私のプロレスへの思いを語らせてもらってます。
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猪木と石沢 ロレスを初めて会場へ見に行ったのは、10年以上前の大阪府立体育会館での新日のファン感謝デーでした。 あの頃は猪木さんはもちろんですが、馳選手がとても好きで越中選手好きの友達とよく言い合いをしていました ( ちょうど Jr. で馳 vs 越中が熱かった頃 )。当日は ” 馳、越中 ”両選手のポスターを買えば、 その場で直筆サインをポスターにしてくれるというのがあったので、もちろん馳選手のポスターを片手に 並びました!ところが、当時 馳選手はヒール色が強かったからかなかなかサイン場所に来なくてこのまま 無くなってしまうかと思っていた頃、ようやく不機嫌顔の馳選手が現れて、やっとポスターにサインをしてもらいました。
の日は”本隊 vs 長州軍団”のサッカー大会や、レスラーの相撲大会があったり ( 決勝は" 藤原 vs 馳" だったかな・・・今思えば納得 )、海外へ行く船木選手の壮行試合として今では考えられない ”アントニオ猪木 vs 船木”、”vs 山田恵一” そして ”vs 船木 & 山田” (正確には山田の乱入)等も あり、贅沢なファン感謝デーでした。
格的なプロレス観戦はその後 30〜40回ぐらい大阪の試合に行きました(一度   今までの観戦記録 のほうも見て下さい )。
ただ最近の新日は、どうも面白くないようになってきた。テレビを見ていても前ほどクギ付けになれないし...。
愚零闘夢多
年か前から新日本プロレスファンクラブ ”闘魂戦士”に入っています。その時に ”グレート・ムタ”の写真をもらいました。
誌は ” ゴング ” と ” 週プロ ” を中心に各誌、ある程度見ていますが昔に比べて ” ゴング ” と ” 週プロ ” の色が 無くなってきたようにも思います。 ( そう考えると、言い悪いは別にしてやっぱり’ターザン山本’は凄かったんだなぁと 思います )
生の頃は、何人かで真夜中 ( 3時ごろ ) 交差点のマンホールの上でグランド限定のスパーリングをしたこともありました。 なぜ ” 交差点のマンホールの上 ”なのかと言うと、最初は公園でしていたのですがとても服が汚れるので、道路 ( アスファルト ) でしていたら服が破れるのでマンホールでとなりました。
今までの観戦記録